熊本有機農業研究会・第5回・総会

2005年2月27日(日)12:30-、九州農政局八王子庁舎にて第5回総会が開催された。
 新旧の世代が一緒になった新布陣の理事会が選出され、「認証と提携を運動の両輪とする」という基本方針を大事にして、今年は新しい課題にも取り組むということが確認された。
 今年の参加者にとって最大の楽しみは、総会に続いて行われた熊本県有機農業研究会30周年式典だった。創成期から今日まで会と有機農業運動をリードしていただいた先輩諸氏への感謝状と記念品の贈呈が行われ、それを受けて先輩諸氏からの貴重な挨拶をいただいた。
 集会の最後には、若者代表からの頼もしい決意の言葉がのべられた。

【30周年記念式】間理事長の挨拶の後、感謝状贈呈が田上知事子さん司会で行われた。以下先輩諸氏の挨拶をここに紹介いたします。

【小山和作氏】:「農村にセツルメントを」という学生のときからの運動なので、もう半世紀にもなります。当時の農村は無医村だらけでした。農村医学会を作り、皮膚かぶれがひどかったり、肝臓をやられたりしている農家の健康問題から環境汚染の問題に気付き、それが消費者に広がり、熊本の有機農業が始まりました。それ以来、医と食と農が一体になってやってきた原点は「命」です。その時作られた「新しい医療を作る会」は当時の医師会からはずいぶんやられました。30年たってやっと、国や医師会も考えるようになったようです。有機農業の運動も30年たちましたが、今後も、もっともっと新しい運動を展開してほしいと思います。それから、自分の健康は自分で守りましょう。 小山和作氏
高丸光行氏 【高丸光行氏】愛農会研修会で、簗瀬先生の農薬の被害を聞き、安全なものを作るのが農家の使命ではないかと思い始めました。当時、愛農会会員は熊本で一人でした。娘が竹熊先生という変わった先生がいるとうので会いまして、矢部の農協長佐藤さんともども有機農業を始めたのです。私自身、化学肥料と農薬なしには野菜はできないと考えていました。今、満87歳、娘と養子とともに毎日働いています。安全で栄養価の高いものをいただいているお蔭でしょうか。松田農場出身で、働くのが楽しくて仕方ありません。豊かさの中で会員が減少している現状がありますが、儲かる農業や医学が進んで、逆に病人が増えていると思います。人間が快適な生活を求めて病気になるのではないでしょうか。粗食、運動、人々のために働くことが健康の条件と思います。
【加藤誠氏】28年前に熊本に帰ってきました。それ以来、農業をやることを模索してきましたが、1990年から、三角の方でかんきつ栽培を始めることができました。前に9年間有研の理事をしていましたが、苦労を感じたことはありません。最後の1年は、人間的成長の機会でした。その当時有研の予算は百万円台だったのが今は一千万円台。十倍になって、間理事長の苦労は大変なものと思います。でも志は私も間理事長も同じです。今は片野先生が主宰している環境保全型農業技術研究会で活動していますが、今後、環保研と有研の交流会がもてると良いと思います。これまで諸先輩方々が席を同じくする場所がなかったので残念でした。溝を埋め、解決するのが自分の勤めではなかったかと考えていました。その為にも、共通の場所で収穫祭をしたいと考えていましたが、有機フェスタが開催になり、確実に実を結んでいて心強く思います。 加藤誠氏
小山和作氏 【池崎喜一郎氏】いまはイチロウの時代、日本も純一郎、熊本は喜一郎。小山先生と二人で走り回って熊本有機農業研究会を設立する運びとなりました。私は隠れた路傍の石のような人間で、それが好きなのです。30年前は現役で、農協の中で、有機農業を信念なのだからとやらせてもらいました。昨年テクノワークスという会社に出会いました。ナノバブル発生装置を作った会社です。農産物の収量、品質ともに高まることがわかってきました。1月31日、ナノバブル発生装置に関してNHK放映がありましたが、イグサ、ガーベラ、見事なものができていました。皆さんも新しい技術を取り入れ大いに発展させてください。私も、有機農業で健康生活を続けていきます。将来は95%が有機農業になるように、韓国のように国の政策として有機農業がおこなわれるように期待します。
【北坂徳氏】 提携発足時に村上栄一さん、佐藤組合長と一緒に始めました。当時は「松葉会」という名前でした。藤本さんが会長、私が副会長、佐藤組合長が松葉会に直接来て、有機農業をやってくれと頼まれ、11名の生産者で始めました。矢部で日有研の全国大会も開催しました。提携の中で配送を手伝っていますが、事故もなくよくやってこれたと感謝しています。今後、私も生きがいとしてやっていきます。みんなさんに伝えたい言葉が出ませんが、今後も頑張ります。新役員、有研の発展を期待します。 北坂徳氏

福山敬救 【福山敬救氏】自然食品店(天粧)をやっています。化粧品販売をしていましたが、化粧品が石油のカスから作られたということを知り、一晩眠れませんでした。竹熊先生にお会いしたら「水前寺の藤田さんのように自然食品店ばせんな」といわれ、天粧を始めました。野菜を40数ケース配達していた時がありますが、手数料はゼロでした。とにかく、消費者の理解を得るのが難しかったですね。流通センターはヤマタノオロチのようなところではなかったでしょうか。頭がいっぱいいましたから。今は縁あって産山に引っ込んで田んぼと畑作業を家内と二人でして、13年くらい経ちます。自然食品店の商売も難しい時期も何度かありましたが、今では孫まで入れると家族が23人になりました。有機農業研究会、竹熊先生、児玉先生、皆さんのお蔭です。
【片山美代子氏】矢部、三つ葉会の片山です。有機農業に取り組んだのは児玉先生、信悟会長、佐藤組合長、参事さんお勧めで、13名で始めたが、6名になってしまいました。配達する人もいなくなって、有機の会の飯星会長さんが運んでやるといってくれ、30年間、続けることができました。体が健康である限り、有機農業を続けて生きたいのでよろしくお願いします。 片山美代子氏
小山和作氏 【中井俊作氏】天草でゴルフ場問題を抱えて、町長選に出たり、農民連合として国会議員選挙に出たり、日本有機農業研究会事務局に寝泊りして自炊しながらロビー活動をしてきました。天草では環境問題で綱引きをし、行政の向きが間違っているからケンカになります。天草でできないので、外に飛び出して寺尾さんの「地球緑化の会」でアフリカに取り組みました。自分の足元を眺めてみると、自給自足にこだわるという暮らしを30年していますが、まだ、自立できていません。トラクターも使っていますし。たまたま、五和町町会議員になる羽目になりました。町に不祥事があって、9人の町議が一度にやめる羽目になったからです。経済的には収入がほとんどない立場ですが、できるだけお金の要らない暮らしに向かうと見えくるものがあります。お金をかけないということは自分を使うということだからです。

青年部の寄元さんより先輩への感謝の言葉と閉会の挨拶がありました。

小玉達雄氏(2代目会長、欠席、飯星代理、90歳になられた)、竹熊宜孝氏(欠席、川添代理)、荒木信悟氏(3代目会長、昨年夏逝去、田上代理)戸高保彦氏(病気欠席、本田一幸代理)、森連子氏(欠席、はこべ会、中島代理) <片野先生より資料提供>

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