美しい棚田で作る釜炒り茶と紅茶
~直接販売で経営も安定~

下田さんご夫妻は、共に山都町で生まれ育ち、農業改良普及員の資格を持ちながら有機農業に取り組むお二人である。自宅の前に広がる美しい棚田で、自然に負担を掛けない農法に取り組みながら、経営はあくまで合理的に営むトップランナーである。

自分にしか出来ないお茶作りと昔の釜入り茶の香りを出すための研究を重ねて、何処にもない製茶機を15年もかけて自分で造ってしまう房夫さんの情熱と、借金が大嫌いと言いながら遣り繰りして営業に回り、経営を支える美鈴さんのバイタリティとが相まって、有機農業経営の一つの型を作っておられる。

有機農業への取り組みは、美鈴さんが26歳の時に出会った住井すゑ著「いのちは育つ」に始まるそうだ。この中に書かれている「文化とは、命を育てることだ。農業こそ文化だ。」という一節から、化学農薬や化学肥料を使う農業は、文化ではないと思い至る。中山間地の美しい棚田で様々な農作物を作りながら、旬のものを美味しく食べて豊かに暮らしている所に、農薬と機械で大規模農家を育てることなど不可能だし、必要もないではないか、栄養学的に必要だからといって毎日30品目以上の食物を食べることなど出来るのか等、次から次へと疑問が生まれていた頃に出会った「目から鱗」の本だった。

居ても立ってもいられず、房夫さんの説得にかかった。始めは乗り気でなかった房夫さんも、カッパを着て農薬散布をしたある暑い日、たまたまビールを飲んだところ3日程寝込む羽目になり、「有機」に取り組むことになった。

それから勉強が始まり、まず先進地のオランダに出掛けて調査し、土作りから始めるべきだと考えては、島根県の実践農家へ一週間ほど研修に行く等、試行錯誤しながら取り組み、以来30年、独自の有機農業感で安定経営を確立されている。

<栽培品目>
栽培作物は水稲とお茶および柿の3品目で、耕作面積は、借地を含めて水田210a、畑200a。
お茶は、収穫時期の早いものから順に大井早生、さえみどり、やぶきた、みねかおり、みなみかおり、うんかい、みなみさやか、おくみどり、おくゆたかの9品種を150a栽培し、他に3~4の新品種を育成中である。基本的には1番茶(4月中旬~5月下旬収穫)のみを利用して緑茶(釜入り茶)を生産し、紅茶とウーロン茶は6月中旬~7月上旬の茶葉で生産している。
柿は、茶園や水田の畦畔に植えた渋柿の投烏帽子を約20a栽培して、干し柿に利用している。

<ほ場環境>
この地域の土質は、粘土質の赤黄色土壌で、標高450m。

<土づくり>
堆肥は、お茶を植える時に牛糞堆肥を購入して、植え溝に深さ1mほど投入するが、他には使っていない。土作りとしては、水田の場合は稲ワラと畦畔の雑草、ほ場に生える草を利用し、お茶は、年に2~3回行う剪定時の枝葉と雑草の投入である。
考え方は時代と共に少しずつ変わってきたが常に心掛けていることは、新しい技術が入ってきたとしても出来るだけ自然に負担を掛けない方法を選択し、土に還らないものや化学物質は絶対に使わないということである。

<施肥>
水稲の場合は、油粕に貝化石と骨粉を6:2:2の割合で混ぜたものを代かき前に数十キロ散布しているのみで、追肥はしない。
お茶は、春剪定前の3月上旬と一番茶収穫後の6月上旬に米糠を少量与える程度である。

<雑草対策>
水稲は、以前はアイガモを使っていたが、現在はジャンボタニシを使っている。
お茶の場合は、刈払機で年に4回ほど除草するほか、園内は春先の摘採前と夏場に手取り除草のため多くの雇用を必要としている。
3~4年ごとの中刈り更新をした園は、根元まで陽が入るため雑草が園全面に繁茂するので、特に大変である。

<病害虫対策>
慣行栽培茶の場合一般的には、スリップス系やミノムシ、ダニなどの害虫や炭疽病、モチ病、輪斑病、黒葉腐病などに対する薬剤防除をなかなか止められないのであるが、下田さんの茶園は、トンボやカマキリ、クモ、カエル、小鳥などの天敵がバランス良く生息しているためか、病害虫の被害は問題にならないので、特に対策は取っていない。
近年はイノシシが問題である。米糠を使用するためと思われるが、お茶園に入り込みミミズを漁って通路をデコボコにするため、茶摘み機を入れる前に通路をならす作業が必要になるなど、手間が掛かるようになっており、最大の問題である。

<流通・販売>
消費者への直接販売が最も多く、残りは直売所へ販売している。地域的には熊本市内、福岡、東京の割合が多い。
経営を引き継いだ30年前のお茶は、300kg/10a程の収量に対して生産費を計算して見たら、キロ当たり2,310円掛かっているのに1,800円でしか売れなかった。

お茶の値段は、5月2日の八十八夜を境にガタ落ちするが、当地域は標高が高く寒いため5月10日頃からしか収穫できない訳だから、普通の流通では経営は成り立たない。そのため農薬を使った合理化と省力化が当時の経営方向だった。しかし、棚田100選に選ばれるような傾斜地では、平坦地のような省力園地整備は出来ないのである。

若い身空で営業に回って販売を始めたが、並大抵なことではなかった。嫌なこともいっぱい言われ、叩かれて叩かれて、地獄を見る思いだった。絶対にこんな経営をしないと決心し、お客様のニーズを聞き、安心安全な生産に活かして行くうちに、理解して応援して下さる方が増えてきた。

心掛けていることは、お客様のニーズに応えながら、紅茶やウーロン茶、品種ごとの特徴を活かした高品質のものを目指すと言うことである。
美鈴さんは、棚田を眺めながらお茶を飲んで貰いたいと、喫茶ルームも作っておられ、楽しみに訪れるお客さんも増えている。